FC2ブログ

福島に行ってきました。

5年たってどのようになったか?また当時お世話になった被災者の方々に会いに福島・宮城に行ってまいりました。

今回は福島のものが安全であるということを中心にお伝えいたします。

漁港では色々なものを食べさせていただきました。まだまだ漁獲量には制限があるということでしたが「いつかここにある魚をすべて地元産にしたい」といわれていた漁師さんや加工関係者の話をお聞きしてまいりました。
さらに、津波で2mの海水に沈んだイチゴ屋さんは「大震災の経験を生かして、何かあったらそれなりの経験者が陣頭指揮をとれるような体制づくりをしておかないと・・・・。我々の震災被害を経験値として生かせる取り組みを」といわれておりました。

で、ここからは素晴らしい特産品のレポート。
食べた食べた福島産タコ、福島産シラス、松川浦産毛ガニ、松川浦産ズワイガニ(復興支援グルメ)、相馬市産ホッキガイ(今が旬)、相馬市産モチ、相馬市産まめ、そして相馬市産幸の香いちご。
いやー、食べた食べた。

みんな優しい。顔出しただけで沢山いただいた。アハッ(^ω^)。支援でいって支援してもらっちゃった( ̄▽ ̄)反省。

帰り6号線の大熊町・浪江町を通って帰りました。
ここは一部、帰還困難区域です。今回の最高放射線量は4..03マイクロシーベルト。

全く問題のない数値です。
この区域だけは何も変わっていませんでした。当時のまま。
震災後、襲撃のようなものを受けたコンビニはべニア板で覆われ、また本棚にはそのまんま本が、その他商品もそのままの状態でほこりをかぶっておりました。
道も寄り道ができないように格子がもうけられ各所に警察や警備員が配置されておりました。以前と変わらない風景でした。
また、一部ドラッグストアなどは工事関係者の仕事場をして活用されておりました。
そして何より24時間警察の警備網が貼られておりました。これら警官の方々は相馬市の飛天というホテルに寝泊まりされ常に交代、夜中も電灯を照らし警備されておりました。

人ッ気のない町にも、多くの方々が色々な立場と仕事をもって活躍されております。

わしもガンバるぞ。福島の復興の現状を久しぶりに垣間見て、そして多くの方々にお話を聞き、自身の活力につなげております。


3・11

3・11東日本大震災の犠牲者及び被災者に心から合掌申し上げます。

震災後、すぐに現地入りし復興支援させていただきました。
その間、多くの被害を目にいたしまた、余震でたびたび避難した記憶があります。少しでも協力できることはしなければということで、若手僧侶の会などに声掛け、さらに地元の運送会社や議員さんのご協力で大規模な支援をしてまいりました。
昨年は、復興第一となる町(福島)に招待していただき、こみあげる感情とともになんともいえない喜びと悲しさを感じた記憶があります。

5年を迎え顧みると、もっと力があればなーんて思います。しかし、その中でたくさんの方がご協力いただいたこと、つながりができたことは大きな力に変わりました。離れていても、多くの影響を受けた日でした。

ありがとうございます

昨日、沢山の海苔をいただきました。
本日、沢山のすがきやのラーメンをいただきました。

なんとっ、おめこ祭りの役員さん全員にということです。
本当にありがとうございました。

散財させてしまってすいません。
本当にありがとございます。

また、おめこちゃんストラップ購入していただいた方より沢山のお志を添えていただきました。本当に皆さんありがとうございます。

緊張と安堵の一日

本日、長照寺護寺会会計監査会が開かれました。
正確な会計さんのお陰で無事に終わりました。

ふと玄関に出ると沢山の方から沢山の品をいただきました。
ある方からは、ズッキーニ(∩´∀`)∩
あの方からは、トマト(*'▽')
その方からは、ケーキ!(^^)!
この方かたは、お花(*^^)v
そして、ニューマインドさんの美味しいドレッシング(^^♪

で、スーパーに買い物に行くと私のことを知っている子供がコソコソ( 一一)
「じゅうしょくじゃねー」的な視線が絡みつく。
といってこっちから声かけて「????」になってしまってはいけない。
実際に数秒前に私のすくそばでそのような状態のおばちゃんがいた。
「ねー〇〇ちゃんだよね」
「・・・・・・・・・」
「ねー〇〇のところのねー」
「・・・・・・・・・」
困惑していた子供の顔がそこにあったのだ。

そうすると腰が引けるわけですよ。
そしたら子供の方から声をかけてくれた。

さらに、私の明日の昼ご飯を選んでくれた。

なんと簡単に作れるみそラーメン。優しい。えー子じゃえー子じゃ(^ω^)

地震のご心配ありがとうございます

震度5弱という揺れを感じた本日。

いろいろな方からメールや電話でご心配いただきました。
「壊れたところない」とお声をかけていただきました。ありがとうございます。

ありがたいことに、地震で壊れているのか、元々壊れていたのかがわからないぐらいの庫裏ですので、まったく通常と変わらない生活をしております(笑)